田中
本日はよろしくお願します。
まずは、生年月日と出身地をお願いします。
また、熱中した事や趣味はありますか?

楢崎氏
昭和27年2月9日 出身は福岡市西区です。
小さい頃というか、就職してからも山登りが好きでしたね。
九州はだいたい登りました。
あと、富士山、穂高、八ヶ岳なども登りましたね。

田中
それでは菓子職人、パティシエを意識し始めたのはいつの頃からですか。

楢崎氏
うちは子供の頃からクリスマスにはケーキがなかったので、食べたかったと言うのもあると思いますね。
高校に入った頃から何となくケーキ屋さんになりたいと思っていたんです。

田中
それで、高校を卒業されて、就職は?

楢崎氏
福岡の「ロイヤル」に就職しました。
最初パンの製造を2年してその後、20歳からお菓子部門で5年、トータルするとロイヤルに7年いました。
その後、東京に行って、池袋で3年、川崎で3年洋菓子屋で修業しました。
それから、福岡に帰ってきて、「いちりゅう」さんで8年お世話になりました。

田中
結構長く修業されましたね。
それでは修業時代のお話をお伺いしますが、ロイヤルに就職された頃はどうでしたか?

楢崎氏
全然わからない世界に入るわけで、最初はパンからですけど、だいたい2年で習得できた感じですね。
厳しかったと言うより、やはり同じくらいの年代が多かったので競争みたいな感じでした。
だからキツイというより競争が激しかったのでそれは、それで楽しかったですよ。
一般のお菓子屋さんみたいに夜中まで働くというのはなかったですね。
それからケーキに移ったわけですけど、基本的にはパンとは作業が全然違いましたね。

田中
では、どうして東京に行かれたんですか?

楢崎氏
「ロイヤル」の親方の紹介で東京の個人店に行ったんです。
やはり、企業のお菓子屋とは違い厳しかったですが、福岡も東京もケーキの大差はそんなにないと感じました。
そこでは寮生活で、四畳半に3人で生活していました。
だいたい東京は家賃が高いし、一人で住めるような状態じゃなかったからですね。
だからプライベートなんかなかったですよ。

田中
東京で6年経って、福岡に帰って来られて「いちりゅう」に就職されたんですね。
どうでしたか?

楢崎氏
私が居たのは本店の清川ですね。
その当時、お店は清川と平尾と、もうひとつはニチイの中にあり、結局「いちりゅう」に8年お世話になりました。
「いちりょう」は結婚式部門とお店の洋菓子部門と分かれていまして、数年後には洋菓子部門の責任者をさせて頂きました。

田中
いちりゅうさんで8年されて、その前から独立しようとは思われていたんですか?

楢崎氏
思ってはいました。
だいたい25歳の頃から独立の事は考えていましたが、お金を貯めないといけないですしね。
独立したのは40歳の時ですから、15年かかりました。

田中
それから独立されて、二日市の本店を出されたんですね。
最初はどうしてあの場所にお店を出そうと思われたんですか?

楢崎氏
はじめは西の方を探していたんですが、業者さんから今の場所を教えて頂いて、どうしようかと悩みましたが、
ちょうど角地だったんで場所を見てここに決めました。
また、店名の「ボンコアン」はフランス語で「良い角地」という意味でこの店名をつけました。

田中
創業は何年ですか?また、最初は何人から始められたんですか?

楢崎氏
創業は平成4年の10月です。
製造は僕ひとりと、販売が奥さんと姉さんの3人から初めました。
それが、創業当時はシュークリームもロールケーキもプリンも作っていなかったんです。
お客様が買いたい物より、自分中心に作っていたんでしょうね。

田中
それまでシュークリームやロールケーキは出していなかったんですか?

楢崎氏
出していませんでした。それもあってか最初は、正直売れなかったです。
厳しい時期は2年くらい続きました。
だから、2年くらい経ってからシュークリームを出そうという事になり、2年目の夏頃に出して、最初はあまり売れませんでしたが、
一冬過ぎてから少しづつ売れるようになって、それがテレビで紹介されてお店を皆様に知って頂き、
それからたくさん売れるようになってきました。だから、毎日シュークリームを作るのは大変でしたね。

田中
多いときで1日どれくらいシュークリームは売れましたか?

楢崎氏
1日最高2,000個まで作ったことがありますが、その時はさすがに他のお菓子が作れませんでした。
1日1,200個限定にさせて頂いて、落ち着くまで半年近くは続き、それまでは毎日1,200個作っていました。
その頃は製造も3人でしたが、なかなか追い付かなくて他の商品も作るので、それは大変でした。
でも、シュークリームが売れたお陰でここまで来れたと思います。
お客様には感謝の気持ちでいっぱいですね。

田中
二日市本店をオープンされて何年ですか?
また、宮の森店はどうしてここに?

楢崎氏
二日市本店が2008年の10月で満16年になり、宮の森店が平成11年5月オープンなので
2008年で9年目になります。
本店も手狭になって来ていたからですね。
また、老後のためにも家を建てようと思って(笑)。
とにかく道路沿いだったのと、今は国立博物館が近くにあるので環境はいいですよね。

田中
それでは、菓子職人にとって大切な事は。


楢崎氏
まず健康である事です。これは必須です。
それと、感謝です。素直に感謝の心を持つ事です。
また、ケーキには作る人の性格が出てくると思うんですよ。
荒かったら荒いケーキが出来るでしょうし、味付けにしてもその人の性格が出ると思います。

田中
これから菓子職人になろうとしている人にアドバイスを。

楢崎氏
やっぱり、自分自身への甘えをなくす事じゃないでしょうか。
初めのうちは怒られて当然と思いますし、職人の世界はそういう世界でもありますので、最初はどれだけ多く怒られるか・・
それがないと成長しないと思うんです。
それがあるから努力もしますし、怒られるから緊張感も持てると思うんです。
だから、最初は知らないのが当たり前ですから、分からない事は聞く事。分からないままで終わったら成長はしないと思うんです。

田中
本日はありがとうございました。