楢崎氏
うちは子供の頃からクリスマスにはケーキがなかったので、食べたかったと言うのもあると思いますね。
高校に入った頃から何となくケーキ屋さんになりたいと思っていたんです。
田中
それで、高校を卒業されて、就職は?
楢崎氏
福岡の「ロイヤル」に就職しました。
最初パンの製造を2年してその後、20歳からお菓子部門で5年、トータルするとロイヤルに7年いました。
その後、東京に行って、池袋で3年、川崎で3年洋菓子屋で修業しました。
それから、福岡に帰ってきて、「いちりゅう」さんで8年お世話になりました。
田中
結構長く修業されましたね。
それでは修業時代のお話をお伺いしますが、ロイヤルに就職された頃はどうでしたか?
楢崎氏
全然わからない世界に入るわけで、最初はパンからですけど、だいたい2年で習得できた感じですね。
厳しかったと言うより、やはり同じくらいの年代が多かったので競争みたいな感じでした。
だからキツイというより競争が激しかったのでそれは、それで楽しかったですよ。
一般のお菓子屋さんみたいに夜中まで働くというのはなかったですね。
それからケーキに移ったわけですけど、基本的にはパンとは作業が全然違いましたね。
田中
では、どうして東京に行かれたんですか?
楢崎氏
「ロイヤル」の親方の紹介で東京の個人店に行ったんです。
やはり、企業のお菓子屋とは違い厳しかったですが、福岡も東京もケーキの大差はそんなにないと感じました。
そこでは寮生活で、四畳半に3人で生活していました。
だいたい東京は家賃が高いし、一人で住めるような状態じゃなかったからですね。
だからプライベートなんかなかったですよ。
田中
東京で6年経って、福岡に帰って来られて「いちりゅう」に就職されたんですね。
どうでしたか?
楢崎氏
私が居たのは本店の清川ですね。
その当時、お店は清川と平尾と、もうひとつはニチイの中にあり、結局「いちりゅう」に8年お世話になりました。
「いちりょう」は結婚式部門とお店の洋菓子部門と分かれていまして、数年後には洋菓子部門の責任者をさせて頂きました。
田中
いちりゅうさんで8年されて、その前から独立しようとは思われていたんですか?
楢崎氏
思ってはいました。
だいたい25歳の頃から独立の事は考えていましたが、お金を貯めないといけないですしね。
独立したのは40歳の時ですから、15年かかりました。 |