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オーナーシェフ 笹原 寛 昭和9年4月8日生まれ。星座は、おひつじ座。血液型は、A型。 山口県の専業農家に生まれまして、小学校5年生の時に終戦をむかえました。高校を卒業した後、東京のお菓子屋に就職。そこで3年間お菓子作りの基礎を学び、大阪と福岡の数軒のお菓子屋で修業いたしました。 結婚して子供が生まれる頃になると、自分でお菓子屋をやってみようと決意し、妻の祖父の勧めで昭和38年、熊本県の水俣市にお店を構えることができました。 その後、長男、次男、三男もパテシエの道に進み、平成12年11月24日、「モンブラン・フジヤ」は装いも新たにスタートいたしました。私を含めて家族4人がパテシエという恵まれた再スタートです。 これからも親子4人、力を合わせて地域の皆様に美味しいお菓子をご提供していきたいと思います。また、これまで以上に、楽しくて、親しまれるお店にしていきたいと考えております。 |
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シェフ藤井 英雄です。 藤井 英雄シェフ 昭和38年12月2日熊本県水俣市で菓子屋の長男として生まれました。血液型はA型です。野球が好きで幼い頃から大学まで野球の毎日でしたね。家が菓子屋をやってましたが手伝いはほとんどやってなかったな(笑)。大学2年のときに腰を痛めて野球を断念せざるをえなくなりまして、そして、将来の事を考えるようになりました。野球をやってたのも自分の能力を表現したいという気持からでしたので自分にしかできない技術を発揮できる仕事をしたいと考えてみると、父がやっていた菓子職人しか思い浮かばなかったのです。大学を卒業後は北九州市の「ミロ」さんでパテシエとしての修業をスタートさせました。私が26歳の時に父が店を移転するのにともない水俣に帰ってきました。その後、2人の弟もパテシエの道に進み平成12年11月24日に今の場所に「モンブラン・フジヤ」を新たにオープンさせる事ができました。 |
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シェフ笹原 英輝です。 昭和42年1月9日水俣市生まれ。父が菓子屋をやっていたので、その姿に憧れて幼い頃は菓子屋になろうと思っていましたが、兄が跡を継ぐようになっていたので高校を卒業して愛知県にあるトヨタ自動車に就職しましたが、やはり菓子屋としての血が騒ぎだしました。どうしても菓子屋になりたいと決心し25歳のとき叔父が経営していた山口県の宇部市の洋菓子専門店で3年間パテシエとしての修業をさせていただきました。遅いパテシエ修業でしたがやる気さえあればパテシエになれるんだと貪欲に知識を吸収しました。でも最初頃は朝早くから夜遅くまで立ちっぱなしの仕事に慣れるのに大変でしたね。その後、横浜の洋菓子専門店で働くようになりました。その頃には弟も東京の店でパテシエの修業をしていたので休みの日には2人で東京の有名な洋菓子専門店の色んな洋菓子を見て廻るのが楽しみでした。その店で2年間お世話になり、生まれ故郷の水俣に帰ってきて父や兄と一緒に洋菓子を作るようになりました。これからは今まで以上に地域の皆様に愛される店にしていきたいと思っています。 |
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シェフ笹原 和明です。 昭和48年8月1日水俣市に生まれる。小学校から中学を卒業するまで野球少年でした。独立心旺盛な子供で早く社会に出て働きたかったので、中学を卒業と同時に家を飛び出し、山口の叔父のケーキ屋で修業しました。父がお菓子を作っていた姿を幼いころから見ていたので「働く」イコール「菓子作り」と短絡的に考えたんです。でも、朝早くから夜遅くまで立ちっぱなしで肉体的に大変な仕事でしたので、最初はイヤイヤながらやってましたね。叔父の店に4年間お世話になりました。東京に憧れていましたので上京しました。多摩にあるドイツ菓子の専門店で働きながらお菓子作りを学びました。兄が横浜で働いていたので休みの日には2人で東京中の有名なお店のケーキを食べ歩きました。1日10個以上のケーキを食べたこともありましたね。とにかく色々な店を見たり、食べたりするのが面 白く、この頃から自分もパテシエを本格的に目指すようになりました。東京では存分に色々なお菓子屋の雰囲気やお菓子を見たり味わったりした3年間でした。その後、水俣に帰り親子4人シェフのひとりとしてお菓子作りを始めました。父や兄たちと色んなアイデアや知恵を出し合ってお菓子を作り上げていく毎日ですが、それが本当に楽しいのです。これからもお客様に喜んでいただけるように頑張っていきたいと思っています。 |